デボーションの友
デボーションの友 : 2021/2/22-27
投稿者 : TAKATANIG 投稿日時: 2021-02-21 23:48:44 (9 ヒット)
デボーションの友

 2021/2/22(月) 担当 高谷清師 コロ 1:1-2 賛美 聖歌 316

 発信者である自身と受け取り人である「コロサイにいる聖なる者たち、キリストに結ばれている忠実な兄弟たち」について記したパウロは「わたしたちの父である神からの恵みと平和が、あなたがたにあるように」と、祝福の言葉を語る。ぺトロは「しかし、あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通してあなたがたを永遠の栄光へ招いてくださった神御自身が、しばらくの間苦しんだあなたがたを完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます。」(汽撻 5: 10)と述べている。神はあらゆる恵みの源であられ、善きものは神以外から出ることはない。そして、神の言葉、それは常に祝福の言葉である。私たちがみ言葉を読むとき、御言葉を聞く時、それは常に祝福をもたらす。期待をもって御言葉をひもとき、礼拝しょう。

 

2021/2/23(火) 担当 ラウジー満世師 ナホム書3:1-4  賛美 新聖歌201

 流血、偽り、略奪、戦い、淫行、など、この町にはあらゆる悪が凝縮されている。これはアッシリアについて語られていることであるが、時代や場所を問わず、このような状態に陥っている社会はいろいろなところに見出される。人間は歴史を通して様々な技術を発達させ、知恵を蓄積してきたと言われるが、現代においてもナホム書で描かれている根本的な悪があらゆるところで見られるのはなぜだろうか。

 それを考えるとき、やはり罪というものを無視することはできない。アッシリアと言えば当時、広大な地域を征服し、とても栄えた国であったが、結局心の罪の問題は解決できなかった。真の神に立ち返り悔い改めることもできなかった。最終的にこの国に介入して裁きをなされたのは神であった。やりたい放題の罪深い大国になすすべもなく苦しんでいた国々の民であったが、この強大な国をその罪のために裁くお方が神である。

 

2021/2/24(水) 担当 高谷清師 コロ 1:3-8 賛美 聖歌 253

 パウロは「わたしたちは、いつもあなたがたのために祈り、わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。」と述べる。コロサイの教会はパウロの同労者エパフラスの宣教によって成立した教会であった。この時点においてパウロはコロサイの教会を直接には知らない。獄中のパウロを訪れたエパフラスの報告を聞いて知り、共に祈り、以降、パウロの祈りに加えられたのである。祈り合うことは恵みをもたらす。互いの間にキリストに在って連帯をもたらし、愛を生じさせる。主は全世界にあまたの聖徒を持っておられる。その中には順風満帆の境遇の中にある人々もあれば、迫害下にあって厳しい日々を強いられている聖徒もある。厳しい日々を強いられている聖徒に力をもたらすのは執り成しの祈りである。私たちは日々、執り成しの祈りを献げよう。それは愛の発露である。

 

2020/2/25(木)担当 ラウジー満世師 ナホム書3:5-7  賛美 新聖歌372

 3:1-4で述べられているほど、悪に満ちた強大な力を持った者が周囲の人々を苦しめるとき、周辺の人々はなすすべもなく、ただ苦しむことしかないのであろうか。そのような時に、義のために立ち上がられるのが神である。神ご自身がアッシリアに対して立ち向かうと宣言される。世界の大国だと誇っているこの国の恥を諸国の前で露わにすると言われる。その時人々は罪深いこの国の力から解放される。

 人間の力では太刀打ちできない超大国アッシリアの傍若無人な罪深い行いに対しても神は力を持っておられる。今の時代にも神は同じ力をもって支配される。私たち自身の罪深い行いがあるならば、それを自分の力で正そうとするのではなく、神に祈りにおいて告白し、赦しを得、心を変えていただこう。神の義が行われ、平安があるようにと祈ろう。

 

2021/2/26(金) 担当 高谷清師 詩  60:3-7  賛美 新聖歌 355

 この詩に対して鍋谷尭爾師は「敗北のうた」と言う表題を付し、(『詩篇を味わう供截168いのちのことば社 2006)、月本昭男師は「人間による救いは虚しい」『詩編の思想と信仰掘截128新教出版社2011)との表題を掲げて「本詩は神の憤りに触れて苦境に陥った民(「われら」)の祈りである」(同書P135)と述べていられる。民は戦いにおいて敗北した。防御壁は破壊され、略奪の危機にある。それは神が怒られ、突き放されたからである。詩人は「どうか我らを立ち帰らせてください。」と祈っている。

 モーセが「見よ、あなたの神、主はこの土地をあなたに与えられた。あなたの先祖の神、主が仰せになったとおり、上って行って取りなさい。恐れてはならない。おののいてはならない」(申 1:21)と言うと、人々は昇って行くに先立って偵察隊を派遣する気音を提案した。偵察隊の報告を受けて人々は恐れ、神を信じることをしないでのぼっていくことを拒んだ。この不信仰に神は怒りを発し「この悪い世代の人々のうちで、わたしが与えると先祖に誓った良い土地を見る者はない。」(申 1:35)と語られると、人々は一転して「あなたたちは、わたしに答えて、「我々は主に対して罪を犯しました。我々は攻め上って、我々の神、主が命じられたように戦います」(申1:41)と言った。しかし神は「攻め上って戦ってはならない。わたしはあなたたちのうちにいない。敵に撃ち破られてはならない。」(申 1:42)と語られた。神の働き、それは神が共に居てくださることによってのみ、成就する。信仰によって神と共に歩もう。

 

2021/2/27(土) 担当 高谷清師 コロ 1:3-8 賛美 新聖歌 166

 エパフラスからコロサイの教会の素晴らしい現状を聞いたパウロは「わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。」と語る。1節においてパウロは「神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロ」と述べて自分が使徒であるのは神の御心によることを明言した。コロサイの教会についても、コロサイ伝道に労苦したエパフラスに対してでもなく、良き教会形成に協力したコロサイの聖徒たちに対してでもなく、神に対して感謝をささげている。恵みと平和はすべて神から来るからである。人は何かの事柄において成果を得ると、それを自分の手腕に帰したがる、そうすることによって争いと腐敗を招くのである。すべての善きものは神に属することを告白し、栄光を神に帰しつつ歩もう。


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