デボーションの友
デボーションの友 : 2012/7/9-14
投稿者 : takatani 投稿日時: 2012-07-08 22:59:18 (815 ヒット)
デボーションの友

 

2012/07/09(月) 担当高谷清師 ヘブライ人への手紙 6:16-17 賛美 聖歌560
 「誓い」は自身の言葉の真実であることを確証するために自分よりも偉大な者を指してなされるものである。わたしたちが日ごろ見聞きする「天地神明にかけてお誓いします」言った様に、である。イスラエルにおいては「主は生きておられる」 と表現された。それはイスラエルにおいて最高の誓いであった。そして一度遅誓いがなされると変更はあり得ない。それ故、誓いはあらゆる反対論にけりをつける保証となるのである。それ故、神の言葉は真実であり、決して変わることがないのである。
 主は「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。(マタ 24:35)」と語っておられる。
 


 

2012/7/10(火)担当 高谷満世師 サムエル記上29:1-11 賛美 聖歌508
 ペリシテに身を寄せていたダビデに難題が持ち上がった。28章1節でアキシュはダビデに「あなたもあなたの兵もわたしと一緒に戦陣に加わることを、よく承知していてもらいたい。」言ったが、それがいよいよ目前に差し迫ってきた。ダビデはペリシテの地にいながらイスラエルのために彼らと戦っていたことをアキシュに隠していた。しかし、いよいよイスラエルとの戦いが避け得ない状況である。しかしここで不思議なことが起こる。ペリシテ陣営のしんがりを努めていたダビデたちを見たペリシテの武将達が、イスラエルで武勲を立てたダビデを信用できないから、参戦を許さないと主張した。アキシュはダビデを信頼していたが、立場上それを受け入れざるを得なかった。状況はダビデにとってこれ以上ないほど好都合に展開する。
 逃亡生活を通して神はあらゆる出来事の背後でダビデを守り続けられた。ここでも神は同じように彼を守っておられる。表面的には私たちの目に理解不可能なことであっても、神はあらゆることを通して忠実な僕に道を開いてくださる。
 


 

2012/07/11 (水) 担当 高谷清師 ヘブライ人への手紙 6: 17 賛美 聖歌521
 「神は約束されたものを受け継ぐ人々に、御自分の計画が変わらないものであることを、いっそうはっきり示したいと考え、それを誓いによって保証なさったのです」と言われている。「神は約束されたものを受け継ぐ人々」とは誰のことであろうか。誓いによって保証なさったのはアブラハムに対してであった。従ってその約束を受け継ぐ人々とはアブラハムの子孫である。そのアブラハムの子孫についてパウロは『アブラハムの子孫だからといって、皆がその子供ということにはならない。かえって、「イサクから生まれる者が、あなたの子孫と呼ばれる。」すなわち、肉による子供が神の子供なのではなく、約束に従って生まれる子供が、子孫と見なされるのです(ロマ 9:6-8)』と述べている。約束されたものを受け継ぐ人々とは主イエスを信じる信仰によって救われた人々のことであり、私たち一人ひとりである。この尊い恵みに入れられていることを感謝しょう。
 


 

2012/07/12(木)担当 高谷満世師 サムエル記上30:1-10 賛美 聖歌483
 背後にある神の導きによってイスラエルに対する戦いへの参戦を免れてダビデ一行はツィクラグに帰還した。そこで見たものはこの町が破壊され、住民が一人残らず連れ去られているという驚くべき光景であった。
 ダビデとその兵士達は家族も財産も失った。驚き落胆した兵士達からはダビデへの不満が噴出する―なぜこの町を無防備なままにして離れたのか。ダビデが再び全てを失ったこのとき、さらに悪いことには略奪者の素性も分からず、現在地も分からないために追跡もできないことであった。それでもダビデはただ泣き寝入りをしたりはしなかった。この状況でも神に信頼して神に尋ねた(29:8)。神はダビデに答えてくださった。
 私たちの限られた力では「どうしようもない」状況にしばしば出くわす。しかしそこで神に信頼して導きを求める時に、神は最善の方法で状況を打開し、解決を与えてくださる。
 


 

2012/07/13(金) 担当高谷清師 ヘブライ人への手紙 6:18-20  賛美 聖歌441
著者は「イエスは、わたしたちのために先駆者としてそこへ入って行き、永遠にメルキゼデクと同じような大祭司となられたのです」と述べる。主は地上にあられた時弟子たちに「わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。(ヨハ 14:2−3)」と話された。主は私たちの罪を負って十字架につき、死んで葬られ、死に打ち勝って復活し、天に昇り、神の右の座につかれた、即ち至聖所の垂れ幕の内側に入られたのである。それは私たちをそこにおらせるためである。これは主の救いに与かり、神の子とされ、この世を後にして御国を目指して歩む私たちの希望であり、二つの不変の事柄―神の約束と、神の約束を確立する誓い―は力強い励ましである。
 


 

2012/07/14(土)高谷由紀子師ヨハネによる福音書10:46-52 賛美 聖歌236
 師と仰ぎ、従い、寝食を共にしていた主が十字架に架かり、弟子たちから取り去られました。復活されたとはいえ、主が肉体をもっておられた時のように目に見える形で常に共におられるわけではありませんでした。目標を失った弟子たちは、ペトロが漁に行くと言ったので他の弟子たちも共に行きました。しかし弟子たちは夜通し働いても何も取れず疲労困憊していました。夜明けごろ主は弟子たちのところに来てくださいました。主は弟子たちのために食事を整えてくださり、弟子たちはそれによって元気を取り戻しました。その後主はペトロに新しい使命を与えられました。それによってペトロは新しく踏み出そうとしていましたが、共に主に仕えてきたヨハネの事が気になり「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と尋ねました。それに対し主は「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」と答えられました。
わたしたちは教会生活を共に送っている他の兄弟姉妹たちが気になります。わたしはこんなに奉仕しているのにあの人は・・・。わたしはこんなに集会出席に励んでいるのにあの人は・・・。しかし主は言われます「あなたは、わたしに従いなさい」と。人にはそれどれ主が与えられた道があります。周囲のことにとらわれず、主から与えられた召しに従って主に仕えましょう。


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