投稿者 : takatani 投稿日時: 2012-02-19 22:11:37 (830 ヒット)
デボーションの友

 


2012/02/20(月) 担当高谷清師 ヘブライ人への手紙 ヘブ2:5-9 賛美 聖歌399

 著者は「神は、わたしたちが語っている来るべき世界を、天使たちに従わせるようなことはなさらなかったのです。すべてのものを、その足の下に従わせられました。」と述べる。そして詩篇8:5−7を引用する。このことについてパウロは「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。(フィリピ 2:6-9)」と語る。

 神は神の身分であられた御子を、私たちの救いのために天使たちより低いもの、人間として世に遣わし、十字架につけられたのです。そして御子によって私たちの罪の贖いの御業を成し遂げ、死んで葬られた御子を死者の中から復活させ、神の右の座につかせ、すべてのものを、その足の下に従わせられたのである。これによって私たちは御子が主であることを知る。それ故、今日も主の御言葉に従って歩もう。

 



 


2012/2/21(火)担当 高谷満世師 サムエル記上10:1-16 賛美 聖歌493

 サムエルはサウルを見送って町外れまで来た時に、サウルに油を注いだ。この油注ぎは、サウルは神の民イスラエルの上に「君主」としての務めを果たす賜物を与えられたことをあらわした。イスラエルの民が「王がほしい」と訴えたその声に耳を傾け、神はサウルを王として選んでおられた。しかしこれはまだ公にされるものではなかった。内密に神が計画を進めておられるときにも、当事者であるサウルには明確なしるしが与えられた。二人の男に出会うこと、いけにえにささげるためのパンを与えられること、そして預言状態になることであった。これらのしるしはその日のうちに起こり、すでにその時サウルはしるしを受け入れるように心を整えられていた。

 神が御業を行われる時、主はあらかじめそれらを計画しておられ、公にされる以前から事を進めておられる。

 



 


2012/02/22 (水) 担当 高谷清師 ヘブライ人への手紙 2:1 賛美 聖歌539

 著者はここで現実世界、私たちの目前に展開される目に見える世界に目を向けて言う「すべてのものを彼に従わせられた」と言われている以上、この方に従わないものは何も残っていないはずです。しかし、わたしたちはいまだに、すべてのものがこの方に従っている様子を見ていません」と。そして信仰の目を開いて「「天使たちよりも、わずかの間、低い者とされた」イエスが、死の苦しみのゆえに、「栄光と栄誉の冠を授けられた」のを見ています。そして、神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのです」と語る。

 私たちが日々の忙しさに心奪われ捕らわれているなら、約束されている神の恵みを見失ってしまうのであろう。疲労と空腹のために長子の特権を失ったエソウのようになるであろう。若い時代に信仰をもち、救われながら、社会において、職場において、家庭において責任が増していくことによって信仰を失っていく人々の姿ではなかろうか。私たちは忙しさの中にあっても御言葉を読むこと、祈ること、礼拝を守ることを怠ることなく信仰を守り通そう。

 



 


2012/02/23(木)担当 高谷満世師 サムエル記上10:17-27 賛美 聖歌450

 サウルが密に油注ぎを受けた後、サムエルは全部族を呼び寄せた。そこではくじによって民が要求した王が選び出された。現代に生きる私たちにとってくじははなはだ頼りにならない手段のように見える。しかし聖書においては神のみ心をくじによって確認することがしばしば行われた。くじの結果は人間が操作するものではなく、神が支配されていたからである。以前密かにに油注がれたとおりにサウルがくじで当たった。驚くことにサウルは自信に満ち溢れては居なかった。荷物の間に隠れていた彼が民の真ん中に立った姿を見たとき、人々は彼を見て主が選ばれた人であると認め、彼を王として受け入れた。

 あらかじめ油注がれ、整えられているはずのサウルがこのとき自信なく隠れていたことは驚きではある。しかし同時にこのようにへりくだったものを主は喜んで受け入れてくださる。

 



 


2011/02/24(金) 担当高谷清師 ヘブライ人への手紙2:10 賛美 聖歌440

 「万物の目標であり源である方」とは父なる神のことである。「救いの創始者」とは十字架上で死んで葬られ、甦られた御子を指している。天において神であられた御子は完全なお方であった。救いの創始者、救い主となられるためには数々の苦しみを通らなければならなかったのである。神でありながら人となり私たちのすべての罪を負い、十字架に架かり、血を流し死んでくださったことによって御子は完全な救い主となってくださったのである。それ故、私たちが救われるために必要なのは御子を救い主と信じる信仰だけである。今日も御名を告白し信仰によって歩もう。

 



 


2012/02/25(土)担当 高谷由紀子師 マタイ6:5-6 賛美 聖歌263

 祈りはユダヤ人にとって大切なものでした。立派な言葉で長く祈ることは、その人が熱心な信仰者であることをあらわしていると思われていました。そこで人々は人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈ることを好みました。このような祈りをする人を主は偽善者と言われました。なぜなら祈りは神との交わりであり対話であるからです。それは神に向かって為されるべきものであり、人々の称賛を得るために人に見せるためになされるべきものではないからです。主は私たちの祈りについて「あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる」と言われました。

 キリスト者にとっても祈りは非常に大切です。それはキリスト者の呼吸であり命です。しかしそれは人の称賛を得るために為されてはなりません。そのような祈りは神に向かってはいないからです。私たちの祈りは真実に神に向かって為されるべきです。



 


 


投稿者 : takatani 投稿日時: 2012-02-14 17:57:58 (756 ヒット)

 


2012/02/13(月) 担当高谷清師 ヘブライ人への手紙 ヘブ1:13-14 賛美 聖歌468

 

 著者は「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまで、わたしの右に座っていなさい」と言う、御子について語られた詩編の言葉を引用して御子が神の右の座につかれるお方、神であることを示す。次いで御使いについて「天使たちは皆、奉仕する霊であって、救いを受け継ぐことになっている人々に仕えるために、遣わされたのではなかったですか」と語る。御使いについて詩編は「御使いたちよ、主をたたえよ、主の語られる声を聞き、御言葉を成し遂げるものよ、力ある勇士たちよ。主の万軍よ、主をたたえよ、御もとに仕え、御旨を果たすものよ(詩103:20-21)」と語っている。

 御使いは主の語られることばを聞き、それを成し遂げるために奉仕する者である。しかし御子は神の右の座につかれるお方、神ご自身である。それ故、礼拝を受けるべきお方である。私たちが礼拝すべきお方は御子である。



 

2012/2/14(火)担当 高谷満世師 サムエル記上8:10-22 賛美 聖歌477

 サムエルは神の言葉に従って、民が王を持つことを神が許されることを告げた。しかし、それはまったく神の御心に適った選択肢ではなかった。民は王を与えられるという回答と共に、民を治める王が立った時にはどのような犠牲を払うことになるかという警告も併せてうけとった。しかしこのとき、民の心は自分達の要求でいっぱいになっていた。また、民は「他のすべての国民」のようになり、自分達をさばく王がほしい一心で、また自分達の前に立って戦いに出て行く王を持つことにのみ、心が向いていた。自分たちの要求で心が埋め尽くされていた彼らには、神の警告を聞く余地がなかった。

 しばしば私たちの心も自分勝手な願いと要求だけで満たされていないだろうか。そのような時に私たちは祈りによって神に願いを訴えるが、本当に静まって神のみ声を聞いているだろうか。一方的な祈りには本当の意味での神との交わりが失われている。そこに真の霊的成長はなく、また神と共にある歩みは育たない。自分の要求をひとまず横に置いて、静かに神の御心を聞き取る祈りをささげたい。



 

2012/02/15 (水) 担当 高谷清師 ヘブライ人への手紙 2:1 賛美 聖歌444

 ここまで、永遠の高く挙げられた御子への賛歌をうたい上げてきた著者は、一転して「わたしたちは聞いたことにいっそう注意を払わねばなりません。そうでないと、押し流されてしまいます」と語る。御子は私たちの罪のすべてをになって十字架につき、血を流し、死でくださった。父なる神はこの御子を死から解放し、甦らせてくださった。これによって私たちは罪からの解放と永遠の命の恵みが与えられたのである。これが救いのメッセージであり、福音であり、信じる者に与えられる救いである。しかしそれは聞くだけであり、肉にあって地上を歩む私たちの目に入るのは「他人は救ったのに、自分は救えない」と不信仰な者どもによって罵られた、敗北者イエスの姿である。そして信仰者には「彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである(黙 21: 4)」と彼らのために供えられた素晴らしい御国が約束されているが、それは今は聞くだけであり、現実の地上の歩みは主が「あなたがたには世で苦難がある」語られたように苦難の連続である。地上の歩みは信仰者ゆえの苦難が加わり、不信者以上でさえある。それ故私たちは御言葉を絶えず聴き続け、いっそう注意を払わねばならないのである。御言葉を聞くことをやめるなら、即ち教会に出席することをやめ、聖書を読むこと怠るなら、世の苦難に押し流され、信仰の破船をきたすのである。パウロは「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです(ロマ 10: 17)」と語っている。



 

2012/02/16(木)担当 高谷満世師 サムエル記上9:1-27 賛美 聖歌593

 神が民の要求を聞き入れ、イスラエルを治める王を立てることを承認されてからどれくらいの時間が経ったかは記されていない。しかし神は確実にご自身の計画を持ち、それが人の目に見える形に進んでいく前にすべてのことを準備しておられた。ベニヤミン族の中からサウルを選んでおられた。もちろんサウルは自分が王として選ばれたことを知らず、サムエルでさえもサウルに出会うまで知らなかった。しかし、神は適切な時にサムエルに対して、神が選ばれた若者に出会うことを告げられ、すべては神の計らいによって進んでいった。

 神は将来に対するご計画を持っておられても、その進行状況の一部始終を人々には明かされないことはしばしば起こる。私たちの目に見える形で状況が進行しない時、私たちは神が自分を見捨てられたとか、神は死んでしまったと考える。しかし決してそうではない。神は信じる者にとっての最善の計画を持っておられ、私たちの目に見えないところでも働いておられる。全能の主を信じて、歩もう。



 

2011/02/17(金) 担当高谷清師 ヘブライ人への手紙21:2-4 賛美 聖歌516

 著者は前節において御言葉を聞くことを欠かさず、彼らの信仰告白を固く保持して信仰生活を堅持するように勧告した。しかし日毎の忙しさと、周りにあるものがみな福音を否定しているような現実の中にあって、福音を信じ、それに従うべきことに困難を覚える人々も多かった。そのような人々に、福音に従うべき根拠を述べる。著者は先に「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました(1:1−2)」と語った。そして2節では「もし、天使たちを通して語られた言葉が効力を発し、すべての違犯や不従順が当然な罰を受けたとするならば」と語る。「天使たちを通して語られた言葉」とは律法を指している。律法に違反した者たちは罰を受けた。それは聖書の証言によって明らかである。まして福音は御使いよりも優れた御子によって語られたのである。それはまたそれを聞いた人々―使徒たちによって証しされ、神ご自身も、しるし、不思議な業、さまざまな奇跡、聖霊の賜物を御心に従って分け与えることによって確証しておられるのである。この福音をないがしろにするなら、罰を逃れることはできない。主イエスは「信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける(マコ 16: 16)」と語っておられる。いかなる困難に会うことがあっても福音に従おう。



 

2012/02/18(土)担当 高谷由紀子師 マタイ 5:13  賛美 聖歌521

 マタイによる福音書5:1−7:27にはイエス様が山に登り、そこで弟子たちに語られた言葉が記されています。これらは山上の説教と言われています。今日の御言葉はその内の一箇所です。ここで主は「あなたがたは地の塩である」と語っておられます。キリスト者は地上において塩のような存在であるべきだと語っておられるのです。塩は私たちの生活においてなくてはならないものです。それは鮮度を保ち、腐敗を防ぎ、良き味付けをします。また私たちの体には必要不可欠のものです。

 クリスチヤン一人一人は小さな存在ですが塩として神に用いられる時日々の生活を正しくし、すべての者を有効に働かせ、社会の腐敗を防止する存在になることができるのです。御言葉の真理に立って歩み、主に用いられる者となりましょう。


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