デボーションの友
デボーションの友 : 2017/7/10-15
投稿者 : takatani 投稿日時: 2017-07-09 22:40:34 (97 ヒット)
デボーションの友

2017/7/10(月) 担当 高谷清師  ヨハネ4:35-38 賛美 新聖歌 267
 イエスは弟子たちに「あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月もある』と言っているではないか。わたしは言っておく。目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。既に、刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。そこで、『一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる』ということわざのとおりになる。あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした。他の人々が労苦し、あなたがたはその労苦の実りにあずかっている。」と語られる。パウロは「つまり、こういうことです。相続人は、未成年である間は、全財産の所有者であっても僕と何ら変わるところがなく、父親が定めた期日までは後見人や管理人の監督の下にいます。同様にわたしたちも、未成年であったときは、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。」(ガラ 4:1-4)と述べている。今や、時は満ち、救いの御業は成就された。福音を聞いて信じる者はすべて救われ、喜びは天地に満ちる。主の御業に励もう。

2017/7/11(火) 担当 ラウジー満世師 エレミヤ書5:26-31  賛美 新聖歌315
 神はご自身の民の中に逆らう者、つまり神に従わずに罪を犯す者が居ると言われる。神はご自身を信じる人々の中にも不従順な者が存在することを知っておられるが、彼らを全く罪を犯さない者として矯正されるのではない。民のそのような性質を知ったうえでなお彼らに神に従うという選択の余地を残し、彼らが従うことを待っておられる。しかし現実には民の罪は増大し、不従順な者自身がさらにひどく神に逆らうだけではなく、他の人々をもとらえる状況を述べておられる。人が人である限り、このような状況はどこにでも起こり得る。そしてこのようなことを見る時、私たちは落胆する。しかし神は最終的にご自身の性質のゆえに、悪をそのまま放置され続けることはない。「わたしは必ずその悪に報いる」(5:29)と宣言される。
 この宣言を聞く時、私たちはまず自らの信仰者としての姿を省みる。不従順であったならば悔い改めよう。また、信仰者の中に蔓延する不従順に心を痛めているならば、執り成して祈ろう。同時に正しく裁く神が居られることを覚え、望みをもって主に仕えよう。

2017/7/12(水) 担当 高谷清師 ヨハネ 4:39-42 賛美 心の中でメロディーを60
 イエスとの対話の中で只ならぬものを感知した女は水がめをそこに置いたまま町に行き、人々に「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」と語った。町の人々は女の言葉を聞いて信じ、イエスのところにやってきた。イエスの言葉を聞いてさらに多くの人々が信じたのである。彼らは不思議な御業を見たのではない。天からのしるしを見たのではない。聞いて信じたのである。復活された主に出会った弟子たちの証言に「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」と言ったトマスに主は「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」と語られた。パウロは「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。」(ロマ10:17)と述べている。日々み言葉に耳を傾けよう。

2017/7/13(木) 担当 ラウジー満世師 エレミヤ書5:26-31  賛美 新聖歌235
 5章の最後で神は預言者、祭司の罪に再び言及される。これは恐ろしく、おぞましいことであった。この言葉をとりつぐエレミヤ自身が預言者だが、彼は明確にこの言葉を伝えた。多くの預言者が偽りの言葉を伝える中で、彼は神との親しい交わりにおいてはっきりと御心を聞き取り、伝えた。また多くの宗教的指導者が不正を行う中でその不正を信仰の目で見極め、恐れることなくその罪を指摘した。
 エレミヤは宗教的指導者であった預言者や祭司を怖れなかった。また彼らの仕事を通して満足している民を怖れなかった。エレミヤはこれらの恐ろしくおぞましいことを見て正義を行おうとされる神を畏れた。私たちもただ神を畏れ、ただ神の御心を聞き取り、大胆に語り続けたい。

17/7/14(金) 担当 高谷清師  詩編33:10-11 賛美 新聖歌 394
 続いてダビデは「主は国々の計らいを砕き/諸国の民の企てを挫かれる。主の企てはとこしえに立ち/御心の計らいは代々に続く。」と詠う。自らの不従順の故に神に捨てられ、新たに神によって油注がれ、立てられたダビデを嫉妬の故に無き者にしょうと追い回すサウル、サウルは世的には圧倒的な力をもって追うが、神はダビデを守られ、サウルは滅びる。更に、アッシリア、バビロン、・・・・・神に逆らう幾多の強国が一時権勢を振るうが、やがて闇の中に消え去った。歴史はこれを繰り返してきた。とこしえに立つのは主の企てである。

2017/7/8(土)担当 高谷由紀子師 汽灰16:1-4 賛美 新聖歌391
 パウロはエルサレム教会の聖徒たちへの募金について指示しています。当時ユダヤは飢饉に襲われていました。そのため「弟子たちはそれぞれの力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに援助の品を送ることに決めた。」(使11:29)のでした。その為の方法としてパウロは「聖なる者たちのための募金については、わたしがガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも実行しなさい。わたしがそちらに着いてから初めて募金が行われることのないように、週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい。
」と指示しています。主は「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」と問う律法の専門家に対して「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」(マタ 22:37-40)と答えておられる。隣人愛をおろそかにしてはならない。


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